WRITER'S GUIDE [2]



ポール・オースター
PAUL AUSTER

[著作解説]


1947年、アメリカ、ニュージャージー生まれ。ユダヤ系中流階級の家庭に育つ。野球好きの少年だった。コロンビア大学卒業後、なぜか船員になり放浪、フランスへ渡り、様々な職を転々としながら詩作、翻訳をはじめる。アメリカに帰国してからは、フランス語の詩の英訳、フランス現代詩アンソロジーの編纂にたずさわる。1982年、小説ともエッセイともいえない不思議な作品『孤独の発明』を発表。やがて、ニューヨーク三部作と言われる小説群(『シティ・オヴ・グラス』『幽霊たち』『鍵のかかった部屋』)を1985年〜86年に渡って刊行。一躍脚光を浴びる。この後も、コンスタントに小説を発表し続け、『偶然の音楽』はフィリップ・ハース監督により映画化されている(日本ではビデオ発売のみ)。また、オースター自ら脚本を書き下ろした『スモーク』『ブルー・イン・ザ・フェイス』(ともにウェイン・ワン監督)が世界的成功を収め、『ルル・オン・ザ・ブリッジ』では監督業にまで進出している。


日本語で読むことができるオースターの著作

『孤独の発明』
訳/柴田元幸(新潮文庫)
1989年刊行。
ひとりの人間としての父親の姿を、時に懐かしく時にシニカルにつづった「見えない人間の肖像」。自伝的であることを否定も肯定もせずに、生々しくかつ痛々しい作家自身を切実な想いをこめて描き出す「記憶の書」。小説ともエッセイともいえない散文2作からなるこの本は、いずれオースターが生み出すことになる優れた小説たちの原型とも言うべきものである。吉本ばなな氏いわく「1行目からその文章はもう、私にとって恐ろしく切実な力を持ってるであろうことがわかってしまっていた。」

『シティ・オブ・グラス』
訳/山本楡美子・郷原宏(角川文庫)
1989年刊行。
突然飛び込んだ一本の間違い電話。そこからはじまる作家の探偵ごっこは、本物(?)のオースターをも巻き込んで、極度のファザー・コンプレックスを持つピーター・スティルマンを救って終わるはずだった。しかし主人公は奇妙な父親の影に取り付かれ、仕事も住まいも名前さえも失ってしまう。すべてのオースター・ファンを虜にする現代のロビンソン・クルーソー物語の原点。読み終えたあとで、主人公の名前を思い出せますか?

『幽霊たち』
訳/柴田元幸(新潮社)
1989年刊行。
私立探偵ブルーはホワイトという男から、向かいの部屋のブラックを見張るよう依頼を受ける。しかしブラックは毎日ただただ机に向かってペンを走らせているだけだ。他者が他者を見ているつもりが、ブラックはブルー自身を投影した姿なのではないかなどと空想が膨らんで、私たちはとまどい、そのうちにある種の心地よさをおぼえるようになっていく。サラリと読めるが、あとに尾を引く侮れない中編。

『鍵のかかった部屋』
訳/柴田元幸(白水社)
1989年刊行。
「シティ・オブ・グラス」「幽霊たち」「鍵のかかった部屋」はニューヨーク三部作と呼ばれているが、内容はまったく異なる。本作は、傑作を残して失そうした小説家を追う「僕」の物語だ。幸せな家庭と出版すれば絶賛まちがいなしの作品を置いて、なぜ作家は姿を消したのか。「僕」は作家を見つけだすことができるのか。閉ざされた部屋の奥から、苦しむ作家自身の悲痛な叫びが聞こえてくるよう。いい加減マンネリだという評論家もいるようだが、とんでもない。オースターの声は確実に切実さを増してきている。

『ムーン・パレス』
訳/柴田元幸(新潮社)
1994年刊行。
説明しなければいけないのはわかっているのだが、こんなにも荒唐無稽でリアルな小説に私はめぐり会ったことがないので、適当な言葉が見つからない。人間の限界まで挑戦した男が餓死寸前で救われた壮大な青春物語とでも言えばいいか。彼が出会ったエフィングという魅力的な老人のこれまたとてつもない物語が、過去と未来を交差して、広大なアメリカの大地に私たちは放り出される。とにもかくにも読んでください。誇張でもなんでもなくオースターにとっても世界にとっても私にとっても最高傑作だと断言します。これを読んだ昨年、私は創作的な文章を書くことができませんでした。

『最後の物たちの国で』
訳/柴田元幸(白水社)
1994年刊行。
順番からいえば「鍵のかかった部屋」と「ムーン・パレス」の間に書かれた小説。ロビンソン的な状況に陥る主人公を好んで書いてきたオースターが、さらに極限まで人間を追いつめ、物のない世界を描こうとした野心作。主人公アンナは、行方不明の兄を捜して「最後の物たちの国」へ出かけ、そこでのサバイバルな生活を淡々と赤裸々に手紙に書き記す。明らかに架空の世界の話でありながら、こんなにも切実さがにじみ出るのはなぜだろう。人間の理性を信じようとするオースターの毅然としたメッセージ。

『偶然の音楽』
訳/柴田元幸(新潮社)
1998年刊行。
前作「ムーン・パレス」は車を失って終わったが、本作は男がひたすら車を走らせるところから始まる。いままでは内向的で自己探求に最大の関心を向けてきたオースターが、今回は魅力的な登場人物たちを操って、まるでロード・ムービーのように物語を綴っている。偶然拾ったポッツィという痩せっぽっちのギャンブラーは、お調子者でキュートな奴だった。日常から逃げ出したかったジム・ナッシュは彼にすべてを賭けてみようと思いつく。ただし、前半の楽しさは、後半を占める孤独との闘いをさらに苦しくするだけのもの。ちょっとした思いつきが取り返しのつかないことになってしまった男の悲劇か喜劇か、いずれにせよラストはせつない。

『リヴァイアサン』
訳/柴田元幸(新潮社)
1999年刊行。
本「リヴァイアサン」の書き手であるピーターが主人公なのだが、実際には彼の複雑怪奇な愛すべき親友サックスについて延々と描かれた不思議小説。サックスの爆発死をめぐってピーターが書き出した物語は、サックスに関わった様々な人たちの物語として綴られてゆく。読み進むうちにサックスの体験したことが、そのままピーターの物語であるような錯覚をおぼえる。そしてサックスとピーターという一見正反対のタイプの作家が、実は二人ともオースターの分身なのではないかと気づくのである。個人的には、本書と同じく書きかけの小説を残して失そうした友人を追う「鍵のかかった部屋」を発展させた作品だと思っている。オースター小説に出てくる作家はいつも、追いつめられたギリギリのところではじめて何かを語り始める。

※この他、脚本『スモーク&ブルー・イン・ザ・フェイス』『ルル・オン・ザ・ブリッジ』(いずれも新潮文庫)、『消失 ポール・オースター詩集』(思潮社)などが刊行されている。



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