1■「暗くなるまでこの恋を」
69年仏。
映画世界に完璧に引きずり込まれた、最初にして最後となってしまった作品。同じ快感に浸ろうと毎週土曜映画館にかよい出したが、快感は来ず、特に恋愛映画は裏切られてばかりいた。この映画のどこに魅了されたのか、このときの私には分析する能力がなかったが、今年約30年振りにめでたく解決をみた。サスペンスであった。目覚めたばかりの私の映画理解力に相応しい難易度のサスペンスだったからである。
2■「ワーキング・ガール」
86年米。
出だしの通勤フェリーの中で、誕生日恒例簡易ローソク消しの折り、Did you make a wish?と聞かれた主人公がYeahと答えたが、その中身については明かさなかった。このときのお願いごとがかなう話が要するにこの映画なのだ、と気がついたとき私の体に戦慄が走った。
3■「あなたが寝てる間に…」
95年米。
佐多稲子に「素足の娘」という小説がある。手のひらを陽にかざして透き通るのを確認すると、この手を誰が包んでくれるのだろう、と思う箇所があったと記憶するが、サンドラ・ブロックはアメリカ版「素足の娘」であった。けばけばしい化粧はしない。品(しな)を作るということがない。けばけばしい服も着ない。コートは亡き父親の形見であった。ウェディング・ドレスに至っては嘘みたいに質素であった。
4■「アパートの鍵貸します」
60年米。
ジャック・レモンはシャーリーン・マクレーンを常に「ミス」をつけて呼んだ。これを聞いた隣の部屋の医師が「ずいぶん他人行儀なんだな」とつぶやいたが、こういう他人行儀が私は子どもの頃から大好きだった。
5■「ブーベの恋人」
63年伊・仏。
ブーベはその兄から話を聞いていたらしく、つまり下心があって、マーラ(クラウディア・カルディナーレ)に会いにやって来た。まつ毛が長く、大きな瞳のマーラは子どもの私から見ると怖いくらいに肉感的だったが、その瞳を上目づかいにして、ブーベと一見所在なげに会話を交わす出だしの、まるで時間が止まっているかのような静けさが甘く、美しく、鮮烈な印象を残した。
6■「卒業」
67年米。
米国がベトナム戦争に本格参入した頃の作品であるが、大学は嵐の前の静けさの中にあったようである。若者は優秀な成績で大学を卒業したのはいいけれど、何をしたいのかわからなかった。ドアップと複数人を同時に画面に映し出す手法は作為を感じさせた。技法が目立つのは発展途上の証拠であるが、一方ダスティン・ホフマンは強烈な印象を残した。その後どれを見てもこの映画を思い出してしまうことになったのはこの役者が初出演にしてもう完成した俳優だったからに相違ない。
7■「愛と青春の旅だち」
82年米。
出だしからボカシが入るので嫌な気がしたが、何艘かの巨大な軍艦を背景に、ザック・メイヨーがオートバイの横に立ち、テーマ曲が静かにゆっくり流れだしたとき、私の体に熱い湯のようなものが流れ出した。更に進んで海軍士官学校卒業式で、ザックにフォーリー軍曹が敬礼をしつつ、感傷が走ってその体が一瞬揺れるあたりから私の視覚は焦点を失い始め、ラストシーンに至っては何度見直しても視界が必ず白く霞んでしまうのであった。
8■「フラッシュダンス」
83年米。
女だてらに建築現場でアルバイトをする、大きな瞳がなんとも美しいこの女性は志望がダンサーであった。クラシックダンスではない。かなり前衛的である。大きな跳躍を見せて一回転する、わずか十数秒のダンスシーンで、プロのダンサーがこのカットを担当し、ここは体操選手が、ここは本職のスタントマンが担当したという説明を後で聞いて、本当にビックリしてしまった。
9■「あなたに降る夢」
94年米。
パチンコ店で顔見知りになった、「人生の落ちこぼれさ」が口癖の、友だちがいなげな、自称画家のM氏がある日いつものように私に話しかけてきた。パンフレットを見せて、これ見に行って来たんさ。宝くじがあたる話さ。ウェイトレスと分ける約束したから分けた話なんさ。あるわけねえよな。でも、おもしろかったんよ。それからだいぶ経ってビデオ化されたが、M画伯がおもしろいというのなら、つまらないに違いないと避けていたが、ある日どうにも見るものがなくなって借りて見たら、おもしろかったのでびっくりしてしまった。
10■「アメリカン・プレジデント」
95年米。
私は監督にこだわりはないが、「恋人たちの予感」の監督が作った映画ということなので、見てみたのであった。アネッタ・ベニングが初めてホワイトハウスに出掛け、黒人の守衛を相手に、フランク・キャプラ監督の「スミス都に行く」を引き合いに出し、この守衛がそれを理解したのだったが、キャプラ監督の理想主義を継承する映画となった。アネッタ・ベニングの優艶なる香気漂うキュートなしぐさはメグ・ライアンを遥かに越えて猛烈に美しかった。
11■「ホワイトハウスの陰謀」
97年米。
FBI捜査官ダイアン・レインはいたって地味で質素ないでたちであった。紺のスーツに髪はポニーテール風。しかし何と凛々(りり)しかったことだろう! ほっそりした首筋、芳しい匂い放つうなじは甘美な酩酊感を私にもたらした。この女優がもう一つ大きくなれなかったのは声だと感じた。平凡すぎるのである。主役よりも脇役において真価が発揮されるような気配である。
12■「フォロー・ミー」
72年米。
私の下宿の近くの貸家にある一家が引っ越してきた。年中転勤ばかりらしかった。小学3、4年くらいの、おとなしそうな女の子がいて、会話こそ交わさないが、顔馴染になった。あるとき、女の子は自転車に乗ってどこかへ行こうとしているところだった。私もどこかへ行こうとしているところだった。あぜ道からまともな道路に出るまでは、私が少女の後をつけているような格好になった。道路に出ると少女はちょっと振り返り、こっちよ、となんだか言っているような表情をした。そちらは私の予定する方向ではなかったが、10メートルくらいの間隔を取ってついて行った。どうも女の子は散歩に出たらしかった。時折振り返っては私の存在を確認し、かすかに笑顔を見せたが、やがて振り返るのは道を曲がるときだけとなった。30分ほどひと回りして家に戻った。女の子と私は一度も口を交わさなかった。部屋に戻ってしばらくすると、私の名を呼ぶ声が聞こえた。階下に、女の子のきれいなお母さんがおやつを盆に載せて立っていた。----今日はどうもすみませんでした、と言ったのだったかもしれない。女の子がどのように母親に話したかは不明であるが、ミア・ファーロー主演「フォロー・ミー」そのものであった。その翌年の春、その一家はまた引っ越して行った。少女に友だちができることを祈っておいた。
13■「ローハイド」(TVドラマシリーズ)
59〜66年米。
----フェイバーさん、あの、ちょっと……とクリント・イーストウッドが、もちろん吹き替えであるが、呼びかける声が今も耳に残っている。ストーリーは心の奥深く、遥か彼方(かなた)である。たぶん子どもの私は食い入るように見ていたのに違いない。炊事係の、小柄で髭面の、口の悪いオジサンの声も、もちろん吹き替えであるが、耳に残っている。----うまくねえってんなら、食うんじゃねえよ。
14■「コンバット」(TVドラマシリーズ)
62〜67年米。
とにかく真剣に見ていた記憶がある。ストーリーも登場人物もほとんど忘却のかなたである。しかし、出だしの英語のナレーションは今も耳に残っている。「スターリン……ビッグ・モーロー。エンドゥ……」。今の表記では「ビッグ・モロー」のようであるが、あのサンダース軍曹はいつも疲れ気味の、寝不足みたいな顔だった。瓦礫の中を小銃を構えて進む姿が眼に焼き付いている。あのドラマの一体どこが私を引き付けたのだろうか。子どもに戻って見直したいのだが、無理な相談である。
15■「逃亡者」(TVドラマシリーズ)
63〜67年米。
リチャート・キンブルの素性がばれるときがドラマ終りの合図であった。警官が町の住民にキンブル追跡の協力を訴えると、女性が「あの人はうちの子の命を救ってくれたんですよ」と訴えた。すると警官は、よし、じゃ、みんな、あした朝集まってくれ、という。つまり追跡する気なんかないことを言ったんだなと子どもの私は理解した。しかし回が進んで行って、転がり込んだ家の人にキンブルが、出だしから、厚かましい要求をしたときにはちょっと驚いてしまった。それから間もなくして最終回がやって来た。
16■「刑事コロンボ」(TVドラマシリーズ)
71〜78年米。
大学生のとき、お古のテレビをもらい受け、下宿が近くの友だちもやって来て、再放送で第一回放送分「殺人処方箋」を見た。これは私たちには初めてだった。犯人役は「バット・マスターソン」ですでに有名な役者だったが、無名のピーター・フォークはお行儀よくぴったりなでつけた髪と折り目のついたズボン姿で現れた。私たちは大声で笑い出し、なかなか笑いのエネルギーが減じることはなかった。一週間後、コロンボは私たちの知っている姿になっていた。
17■「ジェシカおばさんの事件簿」(TVドラマ)
84〜96年米。
本格ミステリは、アガサ・クリスティ原作ものがそうであるように、映像化すると退屈な代物になってしまうが、このシリーズは40分と短いこともあって、誰もが楽しめるミステリになっている。犯人探しはフェアである。疑わしい度合いがいちばん低い人間が犯人であることが多い。ことのほか手堅い脚本であった。
18■「野望の階段」(TVドラマシリーズ)
91年英。
英国政界を舞台の悪知恵物語。院内総務長フランシス・アーカートは首相を引きずり落とし、次期首相候補たるライバルたちをも蹴落とし、存在それ自体が邪魔という場合は闇に葬り去り、そうして最後には首相の座に就いてしまうという、嘘みたいな、物凄いポリティカル・サスペンス・ドラマである。その後、第二部(93年)、第三部(95年)と放映され、権力の座についた政治家がたどるパターンはどこの国も同じようだと納得をしたものであった。
19■「フルーツポンチ3対3」(TVドラマ)
68年。
あちらは母親と年頃の娘が三人、長女が星由里子。こちらは父親と年頃の息子が三人、長男が山口崇。4組のカップルが繰り広げるラブコメディ。長男と長女のカップルだけがいつもケンカなのであった。引っついてよさそうなのにそうならないもどかしさ。私は毎週夜遅く、といっても10時からだったように思うが、こっそり一人で食い入るように見ていたようである。翌日学校に行くのが楽しみだった。ドラマのストーリーが学校でもあのまま展開するような気がしたからである。しかし私の初恋の人はこのドラマを見ていないようだった。
20■「仁義なき戦いシリーズ全5巻」
73年日。
「ゴッドファーザー」がそうであるように、材を暗黒街に取ったが、なにもヤクザの美学を宣伝したかったわけではない。市民社会のルールではかえって問題のありかがぼやけてしまうものであるから、一つの極限としてヤクザ世界を借りただけのことであった。問題は「組織と個人」。毎回、抜き差しならぬ形で立ち現れた。組織はもうそれだけで一つの力となるかのようで、個人はその作用反作用から無縁ではいられない。格好をつけて、政治力学と言ってもいい。個人の想像力ではどうしても捉えきれない組織の魔性。風見鶏の如く生きる手もあり、自らの信念を貫く手もある。ひとつ間違えば、死が待っている世界。若いファン層が決まって浸(ひた)ってしまう、ヒロイズムとセンチメンタリズムは実は破滅への片道切符なのである。生き残ることに意味がある。山守組組長金子信雄は端倪すべからざるくせ者であった。
21■「仁義」
70年仏。
わが青春のアラン・ドロンである。私はアルバイトをしてスーツを買った。ダーバン、セレレゴン……。その後またアルバイトをしてコートを買った。ダーバン、セレレゴン……。口ヒゲも生やした。しかし如何せん、私がしばし住むことになった地方都市は猛烈なるド田舎であり、下宿先は農家の納屋の2階というありさまで、階下に牛やブタがいたわけではないが、非情な殺し屋が真っ昼間一面に広がるレンゲ畑に挟まれたあぜ道を歩かなければならないのはかなりの妄想と自己陶酔が必要だったようである。まもなく口髭はむずかゆいだけだと気がつき、スーツは窮屈とわかり、以後スーツ着用は冠婚葬祭のみとなった。
22■「ブリット」
68年米。
あまりに子どもすぎて記憶がないが、TVドラマシリーズ「拳銃無宿」から入って、「ブリット」を経由、「ハンター」で悲しくも早すぎる終末を迎えることになった、プライドコチンコチンのスティーブ・マックィーンは私にとっては「追いかける男」であった。組織ぎらいは言うまでもなく、たった一人の仲間さえ必要ないかのようであり、妻も恋人も愛人も、つまり心の安らぎさえも必要ないかのようだった。一匹狼。そして常にあの短髪。短髪は時代を越える。「ブリット」は時代を越えて今もその輝きを失っていない。
23■「アンタッチャブル」
87年米。
アラン・ドロン以来の、スーツの似合う男の出現であった。ケビン・コスナー。アゴの線が美しい。エリオット・ネスはのっけから赤っ恥をかかされた。美しいアゴの線は未熟のマイナス要素も内包しているからである。しかしこれ以後、ケビン・コスナーがスーツを着用しない方向に進んで行ったのは本当に残念であった。「JFK」を経由して「13デイズ」に至る道筋はあっという間の中年期突入であった。悔やまれてならない。
24■「雨の訪問者」
70年仏。
夫が留守の、雨の降るある日、ショートヘアーで、そばかすだらけの、愛くるしい顔の若い女性は見知らぬ男の襲撃を受けた。かろうじて身を守ったが、男は死んでいた。正当防衛で一件落着かと思われる話であるが、この女性はひとりで死体を始末した。そしてまもなく、またしても変な男がやって来た。なんだか知らないが、執拗につけ回すのだった。チャールズ・ブロンソン。いったい何者なんだろう……。味方なのだろうか、敵なのだろうか。これがなかなかわからない作りなのだった。
25■「目撃」
97年米。
わが映画人生のクリント・イーストウッドである。「ローハイド」からマカロニウェスタンを経由してダーティー・ハリーに至り、ここからさらに監督業にまで進出した。しかしその目指すところは常に娯楽であった。一つだけ選べといわれたら、この「目撃」をとる。ピストルバンバンは私の好みではない。頭脳戦だからであり、イーストウッドお得意の、あの苦しそうな走り方がいちばん様(さま)になっているからである。
Part2(26-50)
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